
小堺 一機 さん
メッセージ:
今の所、この地球上で、一番大きな顔をしているのは我々人間という動物である。しかし、我々人間は、あらゆる動物の中で一番弱い、他の動物は裸で平気で暮らしているのに我々だけは何か着ていないと駄目だ。
そこで、”知恵”という神様からの贈り物を使って、色々と”工夫”した。足が遅いから、乗り物を造った。寒さ暑さに対して、家とか衣服とか、エアコンまで考え出した。力も弱いので、武器も持たなければと、刀、矢、等も…。
そして、銃を造った。
人間は色々な道具を考え、造ってきた中で、この”銃”は、殺すための道具だ、命を奪うための道具である。もちろん、身を守るためにも使う事は出来るが、それも相手を威嚇する、恐れさせるためである。道具のほとんどが、対自分の暮らしよさ、便利さであるのに対して、銃は対他者にその目的が向けられるものだ。
一度だけ、銃を手にした事がある。グアム等へ旅行した時に、観光客相手のシューティング場へ出掛けて、友人達とワイワイと銃を選んで撃った。引き金を引くまでは、楽しい、ワクワクする気分だったが、一発撃って、その火薬の臭い、手に受けた衝撃、パーンという乾いた音等の全てが、僕の心に恐怖という大きなうねりになって流れ込んだ。
「これは人を殺せるものだ」とはっきり実感してしまったのだ。
背筋がすーっと寒くなった。
知恵を使って造りだしたものならば、知恵を持ってこれを使わねばならない。造りだしたのなら、そしてこれはとんでもないものを造ってしまったと自覚するならば、造りだした者としての責任でこれなんかいらないと声にしなければならない。
我々には、”知恵”があるはずなんだから、弱いから、神様は”知恵”をくださったはずだから、造った物に振り回されるのは、”知恵”のある者のする事じゃない。